第1章 1
しかもお嬢様は今日、川島が見たこともないフレアスカートを履いていた。
似合いすぎるほど、お嬢様の清楚な雰囲気によく合っていた。
暗い気持ちを押さえながら仕事する。
ピザをデリバリーするように淡々とこなし、すべて終わって気が抜けた。
そのあとは、お嬢様のことが気になって何度も邸中をウロウロした。意味もなく階段を昇り降りした。
自分はなにをやっているのか、と川島は何度も自嘲した。
お嬢様が携帯を置いて行ったので、こちらからは連絡の取りようがない。もどかしさに胸が絞めつけられる。
しかも、今まさにお嬢様は自分と同じ顔をした男の声を聴いて、姿を観て愉しんでいるのだ。
いいことじゃないか、お嬢様が幸せならそれで。
それなのになぜオレは素直に喜べないのだろう。
自責の念に、川島はますます暗澹(あんたん)たる気持ちになった。
誰もいない、シーンと静まりかえった部屋に西日が射しこんできた。
お嬢様が早めに帰ってくる日は、だいたいこんな時間だ。それからお嬢様は夕食までピアノの練習をする。
川島はいつも、その音をBGMに夕飯の支度をするのだった。
目を閉じてみる。
お嬢様の弾くバッハが鼓膜をかすかに震わせた。
そんなはずはない。この家に今、彼女はいないのだ。
――なんだろう、この気持ちは。
オレンジ色に染まっていく部屋を眺めながら、川島は深く長いため息をついた。
底なしの沼に心がどんどん沈んでいく。
それがわかる。
「ダメだ、オレがこんなんじゃ家の中が暗くなる」
わざと明るく声に出していってみた。
お嬢様が無事帰ってきたときの用意をしておこう。
マッサージもしてさしあげよう、きっとお疲れだ。
そう思い、準備をはじめた。少しでも気を紛らわそうとしているのが自分でもわかった。
ひとりきりで食事と後片付け、入浴を済ませる。
そのあと書斎で本を開いてみたが、活字の上を目がすべるばかりだった。
ささくれた神経をもてあますように、とっかえひっかえ本を開いては閉じるを繰りかえした。