第1章 恋に落ちる
丸山くんが完全に見えなくなると、櫻井くんがこちらを振り向いた。
俺は体の震えが止まらなくて。
何か言わなきゃと思うのに、顔を上げることすら出来なかった。
それなのに···
「大丈夫?」
心配そうに声を掛けられた瞬間、急に足が動いて。
気が付いたら櫻井くんの胸に飛び込んでいた。
自分でも、どうしてそんなことしたのか分からない。
けど、目の前のこの人に縋りたいと思ってしまった。
「二宮くん?」
櫻井くんが戸惑っているのは分かったけれど、離れることが出来なくて。
ただ、しがみついていた。
そのうち、そっと遠慮がちに櫻井くんの腕が俺の体にまわされた。
丸山くんに抱き締められた時は、気持ち悪くて恐怖しか感じなかったのに。
櫻井くんの腕の中はあたたかくて、自分でも不思議なくらい心が落ち着いた。
すごく安心する。
震える背中を擦ってくれる手からも、彼の優しさが伝わってくる。
···ずっと抱き締めていてほしいな。
ふいにそんなことを思って、ものすごくびっくりした。
そのうち体の震えもおさまってきて、そっと櫻井くんの体から離れた。
「あの···ごめんね。急に抱きついたりして」
男に抱きつかれても気持ち悪いだけだろう。
たった今、実感したばかりだ。
助けてくれた櫻井くんに、不快な思いをさせてしまったかもしれない。
何だか急に申し訳なくなった。
櫻井くんの顔を見ることができない。
「気にしないで。少し落ち着いた?」
優しい労るような声に思わず顔を上げると、至近距離で櫻井くんと目が合った。
声と同じ優しい瞳。
顔がカーッと赤くなるのが分かる。
心臓があり得ない早さで鳴り始めた。