第13章 亀裂
珍しく玄関まで迎えに来てくれなかった一花。
今日みたいな日は一番に一花の顔が見たいのに。寝ているかもしれないが一応声を掛けておく。
「一花、ただいまー。」
すると、洗面所から車椅子のタイヤが擦れる音が聞こえて来た。姿を見せた愛しい人はどこか暗い表情だった。
『お帰り、大我。』
「おう。」
無理に笑ったような顔。普通の人じゃ分からないような微妙な変化。だが、俺には分かる。誰より一花が大切だから。
「一花。」
『何?』
そう聞き返す一花はどこか怯えたような、どこか期待しているような表情だった。
「どっか調子悪いのか?」
そう聞いた途端また顔を曇らせ、何でもないよと答える。膝に置かれた手は何かを堪えるようにぎゅっと握り締められていた。
その苦しみを取り除いてやりたくてそっと一花の手を握ろうとするが、
パシッ
すぐさま振り払われた。
「一花…?」
ショックだった。ここまで拒否の意を示されたのは初めてだったから。
俺が少し呆然としていると慌てて一花が謝ってくる。
『ご、ごめん!締め切り間際でちょっと気が立ってて…。あのっ、ほんと大丈夫だから!』
明らかに嘘をついている一花。
…何をそんなに焦ってるんだ?
知らない間に傷つけたのか?
「一花、俺…、」
『ご、ご飯食べよ!私お腹空いちゃって、早く大我のご飯食べたいなー。ねぇ、早く作ってよ!』
「お、おう。」
さっきから俺の言葉を遮ってばかり。
…もしかしてさっきの広瀬とのこと、見てたのか?
…いやありえない。物音なんて聞こえなかったし、一花だってさっきトイレに居たじゃねぇか。
なら、一花の言う通り締め切りが近くて気が立ってるだけなのか?
疑問の念は晴れないまま、一花の車椅子を押しリビングへと向かった。