第6章 因果
「先ず交渉のテーブルに着くのはクリアしているーーという事でしょうか」
「そうだとも」森は頷く。
「君には私の診療所に時折来て貰って、手伝いを頼みたい」
「手伝い、ですか」
「ああ。看護助手、とでも云えば分かるかね」
「はい、分かります。でも本当にそれだけでいいのでしょうか?それにしては余りにもーー」その先の言葉は言わなかった。
だが森が視線で促す。「余りにも、森先生に利が無さすぎます。
取引というのは互いの利益が釣り合ってこその取引ですよね?」
優凪がそう云い切ると、森は暫しきょとんとした顔をすると、ふふっと今度は苦笑してみせた。
「利益はあるのだよ。ただ、私側の利益は云わないよ。そして今後、君には私からの頼みを断る事は出来ない」
其れらが取引の条件だ。森の言葉に、優凪は暫し沈黙した。
そして、一言。
「その取引、お受けします」
「ーー取引、成立だね。ようこそ、裏社会へ」
森が意味深に云うとニヤリと笑いながら手を差し出す。優凪も手を差し出し握手を交わした。優凪は太宰同様、自分もまたこの男の盤上で転がされていく運命なのだとーー今は、知る由もなかった。
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「それで、取引は成立したのですね」
「嗚呼。彼女は迚も両親の『仇討ち』なんて考えてない様だったよ」
ヨコハマのとあるビル内。ここには闇医者、森鴎外の診療所が存在した。小ぢんまりとした診療所で、迚も多くの人間が並び診察を受ける様な場所では無い。如何にも『闇医者』らしい場所だった。
其処に人間がふたり。ひとりは此処の主、森鴎外。
もうひとりはーーこちらも白衣を着た医者の様な出で立ちだがーー
黒髪に翠の瞳の男だった。特徴はない。ただ、優凪が見れば違った感想を抱いただろう。ーー怖い、目が笑っていない、と。
「しかし彼女も薄情者ですねえ、彼女一人の為に一体どれ程の命が失われたのかも知らずに」
「まあそう云うんじゃない、三浦君」
三浦ーーもとい翠の瞳の男が大袈裟にため息をつくと森がそう嗜めた。
「でも知らないんでしょう?裏切り者2人の為に優凪君のマンションの住人全て殺された、と」嗚呼なんと嘆かわしい!!と叫ぶ三浦。
「君こそ勝手に彼女を実験台にしていたのだからね、嘆く事は無いのではないかね」森が告げる。