第9章 〜偶然か必然か、縁は導く〜
まるでそれを誤魔化す様に、蘭が持ってきた水入りのコップに手を伸ばした麻衣。そして、ちびりと一口飲んだ。天然水独特の美味しさが口内に広がる。それからは、沈黙してずっと水をちびちび飲んでいた。心地よい落ち着いた空気が流れた。蘭はこれ以上話すのもと、気を利かせて一声かけて立ち去る事にする
「体調が悪いのにお話ありがとうございました。もう行きますね、お大事に」
「ありがとうございます」
麻衣も水を飲む動作を止めて、蘭を見やって頭を下げた。互いに晴れやかな気分で別れを告げて、蘭が親友達の元に駆けていく。如何やら園子と世良が、二人を気遣って話す機会を設けたらしい。すぐに察せれた麻衣は、蘭の背中を見送る中で目が合い、お辞儀で感謝を伝えた。そうすると。驚いた表情で顔を見合わせた二人が、やがて照れ笑いを浮かべて蘭に首を傾げられていた
*
それから間もなく、麻衣達の身分証を預かり持っていた佐藤が、確認を終えて帰ってきた。もちろん結果は「確認できました」との事だ。ただし、詳しい職務や部署の一切は守秘義務で何も聞けていない。麻衣達に身分証を返す佐藤は、何とも言えない複雑な表情だった
「ご協力ありがとうございました」
「いや、こちらこそ感謝する。主も少しは楽になるだろう」
最後に、そんなやりとりが高木と鶯丸の間で交わされていた。肝心の麻衣はというと、大包平の背中に背負われている状態だ。そして彼女の荷物は、平野が持って帰ることになっている。そんな中で、麻衣の視線がある場所一点に注がれ続けていた。そこには、被害者である男性と相席していた連れの3人の姿がある。しかし────、
麻衣の視界が捉えるものは、もっと別のモノであった。ある人物に纏わりつく黒い影。亡者の執念、容疑者の恨み、穢れきって取れない赤い罪
麻衣が常は穏やかな瞳を深刻な面持ちで細める。音無き声が頭に響いた
【嗚呼、憎らしい恨めしい】
【大事なあの子を殺された】
【愛していたのに殺された】
【アイツガニクイ】
【フクシュウシタイ】
研ぎ澄ました意識の中で、麻衣に黒い影が呻く。そのドス黒い感情の波を受け止めながら、彼女がポツリと小声で呟いた
「嗚呼、貴女は悲しみの果てに───」