第9章 〜偶然か必然か、縁は導く〜
どうやら、勢いよく立ち上がった時に反動で落としてしまったらしい。カッと両目を見開いて上を向き、喉元を片手が力強く押さえていた
「え…?!」
「どうした?!」
「佐野くん?!」
男性と同席の三人の男女が驚愕の声を上げ、混乱のあまり硬直したまま呆然と男性を見上げる。周囲も似たようなものだ。濃くなる『黒』に、麻衣が手拭いで自身の口元を覆い隠した。踠き苦しむ男性を見ては、彼女は眉間に皺を寄せる。そして強すぎる瘴気で「うっ…」と微かに呻いた。その時、麻衣の両目が隣から伸びた武骨な手によって塞がれる。彼女がハッと息を呑んだ
「……穢れを見るのはやめておけ主。身体と精神に障るぞ」
「大包平……」
自身の護衛が放った言葉に、麻衣が切なくも戸惑った表情を見せた。彼の、護衛達の視線が酷く冷徹に見えた。『穢れ』───死という概念や疫病、出産、女性の月のものなどで生じるとされる不浄の事だ。厄災とともに危険視されるものを指す。要するに、踠き苦しんだ男性は麻衣の有害でしかないと判断された。最早、彼に救いの手を差し伸べる事も無いだろう。そして───
バタリ…ッ、僅か数秒後には男性が俯せで倒れてしまった。目を見開いたままで、苦悶の表情を浮かべて死んだ。「ひっ…」男性
の連れの三人が小さく悲鳴を上げる。それが聞こえた大包平は、瞬時に麻衣の視界を覆ったまま小さな肩を抱き寄せた。一方の鶯丸や平野藤四郎は、強張った表情で男性を見つめる。すると次の瞬間、店内に誰かも分からない何人もの悲鳴が響き渡った
「きゃあああっ!!」
「人が…っ人が死んで…っ?!」
「一体誰だよ…っ?!」
店員も客も、直ぐさま全員が騒然となった。麻衣は周囲の声や物音で、嫌でも状況を把握してしまう。一段と濃くなった瘴気に、彼女は胸中で憂いを吐露した
「(……これが、犯罪都市の米花町。毎日のように、こうして何処かで、他者が命を散らすのですね)」
米花町の異名を知る麻衣は、哀しく切ない思いで現状を冷静に受け止める。すると彼女の心中を察したように、大包平の抱き締める力が少しだけ強まるのを感じた。麻衣の視界を覆う彼の片手がスッと離れていく
その頃、騒がしい周囲を掻き分ける様にして、一人の若者が遺体に駆けつけた