第7章 〜闇夜の邂逅に白き魔術師、驚き好きの鶴も添えて〜 後編
そして、彼が一瞬でも気圧された刹那、鶴丸がキッドの捕縛に駆け出した。太刀に部類する付喪神の彼は、目にも留まらぬ機動力と異常な運動神経を発揮する。夜目は効かないが人間の比ではない。ビュンッと一陣の風が吹いて、愕然とする安室の髪を靡かせた
「(なっ…!何だ、あの男の動き!人間が出来る動きじゃないぞ…?!)」
そう思った彼の全身からは、冷や汗と鳥肌が溢れ出ていた。自分の常識を超えた事象に、思考が一切追いつかなかった。それも不思議と恐怖を感じず、気配が悪質どころか神々しい。本能的に平伏しそうな畏敬の念さえ抱いている。安室は、見目や身分に加えて戦闘力も、人外の様なスペックだと思った。しかし、麻衣と今剣の方はと言えば、何て事ない表情で仲間の去った闇夜の先を見遣っている
「……鶴丸をいかせてよかったのですか?」
「ええ、これで良いのです」
二人のやり取りは小声で行われ、誰にも気づかれることはなかった───
*
その頃。キッドが必死に逃亡する背後で、鶴丸国永が追跡を続けている。夜目の効かない彼は、屋敷が見えなくなってから減速した。頼りの明かりが全くなく、闇雲に走っている状態なのだ
だから危うく石に躓いたり、大木をギリギリで躱したりしている。キッドが思わず駆け寄りたくなるほど鶴丸は現状に苦戦していた。しかし、彼が応援を呼ぶ様子はない。それは決して強がりや意地ではなく、その状態になると分かってでの麻衣の差配だった。鶴丸はそれを理解していた
「(さすが主だ、『怪盗きっど』はここで捕まっちゃならんからなぁ……。月下の奇術師と驚きの申し子で、対決したいとも思ってたとこだ)」
自分の願いを言わずとも叶えてくれた、自らの主に上機嫌になる。あれは歴史を護る使命と、ちょっとした私情を果たす最善の策だ。他にも色んなやり様があったが、麻衣は鶴丸の思いを組んだ。仲間を理解する素晴らしい主で、鶴丸は鼻が高くなる思いである
「(……嗚呼、でも───)」
ふと、鶴丸の脳裏に安室の姿が過ぎった。敬愛する主人に近づく人間。直ぐに馴染める爽やかな笑顔で、麻衣に好意的な態度を取る。だが偽名を名乗ったり胡散臭く感じたり、厄介事まで背負っている男らしい。正直、彼女から離れたくなかった。害がないから必要以上に牽制しないが扱いに困る