第16章 〜山姥伝説 後編〜
顎に手を当て違和感について考えている麻衣に、聞き漏らすまいと黒田が重ねて問いを投げた。それに一つ頷いて返すと、麻衣が手元の本を全員の眼前に掲げる。けれど風見と黒田はそこに書かれている文章を見た瞬間に両訳が分からず困惑した
麻衣が読んでいたのは、ひと昔前の日本人が用いたという草書体やくずし字ばかりの本だったのだ。よくよく見れば全体的に黄ばんでおり、歴史を感じる古い書物だった。その為当時に造られ過ごしてきた刀剣達や、古文書を読み慣れている麻衣には読解が造作もないが、刑事二人は全く理解が出来ず沈黙するだけ
「ですが些細な事柄ばかりで証拠もまだない推測です。もしも事実であるなら、私達は大きな誤解をしている可能性があります」
「……ならば、その違和感とやらをぜひとも言って頂きたい。証拠がなくとも、些細な内容であっても、こういった特殊な出来事は貴女方がとても詳しい…。事件への糸口ならば、どんな突飛な話も受け入れよう」
「そこまで仰るのであれば、述べさせて頂きます。私が違和感を持ったのは、山姥伝説そのもの…。もっと言うなら飢饉になって、神への祈りを捧げた頃からでしょうか。この村も全体的に噛み合っていないんです」
些細な手がかりも手放すまいとする刑事達に、麻衣も遠慮なく意見を述べ始める
「逸話の冒頭にもある様に、実際この村と周辺地域で飢饉による甚大な被害が出ていたらしいのです。特にこの村は当時の人数が多く、他の場所より深刻な状況だった様です。それで神々に対し贄と祈りを捧げ、苦難を乗り越えようとするのは古来からあるのですが…───」
ここで問題とされる事は、その『山神様』の存在そのものだ。今の村には神社もお寺も何もなく、跡地も昔の地図に載っていない事から元々存在しなかった可能性がある。そうすると祀ってもしない、居もしない神にこの村の人間達は贄を、供物を捧げようとしていたのだ。しかし逸話の伝承の中に、たしかに山神様へと祈りを捧げようとしている描写が継がれていた
「伝承というのは、どれにおいても至極曖昧なものだと言えます。それも千年以上昔のものとなれば、証明するのにも困難を極めるものです。けれど、ここまで違和感を生じさせる逸話も大変珍しい…。どうして存在しない神に、飢饉とはいえ村人を贄とする事が出来ましょう?」