第12章 〜持てるものこそ与えなくては 前編〜
「すまないね、十分前でいい頃合いだと思って来たのだけれど。もう少しずらせばよかったかい?」
「いいえ、ちょうど貴方と待ち合わせ中だと説明したところです」
やってきた男にそう言いながら、「ね?」と子供達に同意を求めて彼らも「うん!」「そうだよ!」と元気よく頷いて返していた。当然の様にこの男も人間離れした美しい顔(かんばせ)をしており、麻衣達と並ぶと一層際立つ綺麗さに惹かれて魅せられそうだ。これにはさすがのコナンと沖矢、灰原、阿笠も言葉をなくした様に見惚れるしかなかった。まるで芸術品の如き、只人が持ち得ない美しさに彼らは一瞬で酔いしれていた
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それから麻衣達の邪魔にならないように、彼らは公園内の離れた場所でサッカーをして遊び始める。とてもはしゃぐ子供達だったが、灰原に怖い顔で近づくコナンの空気は非常に険悪なものだった。そんなハラハラする光景を阿笠と沖矢は麻衣達から三つ遠いベンチに座って見守る。無論、麻衣達が近くにいるのだから、そちらへの緊張感も高まっている
「……どういう事だよ灰原」
「何が?」
「惚けんじゃねぇよ。なんで麻衣さんがお前の本名を知って、バレかけたのに平然としてんだって事だ!」
灰原が澄ました顔のままで話すのに対し、コナンが苛立たしげに声を荒らげて叫んだ。と言っても彼の声量はギリギリ抑え込まれて、子供達の耳には何とか届いていない。きっと麻衣と灰原のただならぬ関係を疑っていて、離してもらえぬこの現状に少女は渋々と口を開いた
「……そんなの、彼女が無害だからに他ならないわ。麻衣と私とお姉ちゃん、小さい頃から知ってる友人同士だったもの」
「なっ…!それじゃあ今のお前の姿…!」
「ええ。きっと他人の空似だなんて思ってないでしょうね。たとえ同一人物だと気づかなくても、宮野志保の関係者だって考えているはずよ」
「だったら尚更なんで警戒しないんだ!俺たちの正体なんて、無害だろうとバレていいもんじゃねぇんだぞ?!」
話を聞いて焦っているコナンだったが、やはり灰原自身の様子はとても落ち着いていた。沖矢の事は毛嫌いするのに、一体何故とコナンが憤る。少女は灰原哀と名乗っているが、本名は宮野志保で十八歳の女性だ。彼らは訳あって姿を偽り、事情を知るのは数名だけだ