第2章 旅医者の女
男を引きずっていた従業員は一瞬硬直したが、
「不法侵入です。お客様に不快な思いをさせて申し訳御座いません。
お連れ様は髪が濡れておりましたのが気がかりだったのですが、男の手前、聞きづらく、生憎この時間は女性従業員も帰宅しておりまして....。」
「わかった。そいつらの始末、よろしく頼む。」
「承知いたしました。支配人が後でお詫びと新しい部屋をご案内に伺います。できるだけお隣同士になるよう伝えましたので。」
「あぁ。ありがたい。次この様なことがないようにしてくれ。他の客にもな。」
「心得ております。本日は誠に申し訳御座いませんでした。」
従業員が頭を下げるのを待たずヨシタカと二人で走り出す。
ドアをノックしてしばらく、ドアの向こうから動く気配がした。
ゆっくりと開けられた隙間。一瞬虚ろな黒い目が見えたとき、気持ちの収まりがつかず、思わずドアを持つ手を引き己の体に引き寄せた。
「シャンクス!?」
「すまない。遅くなってしまった。」
「え?どうもしていないのよ?ちょっと....。」
触れた腕が冷えきってる上に、カタカタと震えて力が入っていない体が心の状態を物語っていた。
僅かに抵抗しようとしているのか、胸を押し返すような仕草をする。
「体は正直なようだな。震えている。
強がるな。俺もヨシタカも"兄妹"だろ?」
落ち着くように優しく言うと、ありがとうと言って大人しくなった。
「実の兄の方がしっかりしてないみたいでカッコ悪いな。
........何もされなかったか?」
ヨシタカの問いにユリ何もなかったと答えて俺も安堵した。
彼女の後ろからテコテコと鳥が歩いてきた。
鳥に詳しくない俺でも、見た目で猛禽類とわかる。
「その鳥は?」
聞いたのはヨシタカ。
「今日から飼うことになった私の相棒よ。咲って言うの。
さっきも....この子が知らせてくれて...。」
咲という鳥が俺の肩に留まった。
主人にとって害のない人物と思ったのか、鋭いはずのその爪を突き立てず、彼女と俺を見比べている。
「そうか。よくやったな。初日で主人を守れるなんて、大した相棒だ。
妹を守ってくれて感謝するよ。
俺たちが早く来れなくてすまなかった。」
まだ微かに震える体をあやしながら、
咲を労った。