第5章 赤い腕章
血を拭うことなく、帽子を拾い上げわたしの方へ
「本当にありがとうございました。」
頭を深々と下げて、歩み寄ったミホーク様を見上げると頬からの血の流れた線が目について手を伸ばした。
「ごめんなさい。傷は治させてください。」
傷をつけた額を治そうと傷口に視線を合わせると目を塞がれた。
「治さなくて良い。時が過ぎればこれくらい傷跡すら残らず治る。
師として教えた者の成長でついた傷は勲章だ。
相手がユリであればなおの事。
残らんことが惜しいくらいだ。」
そういってまた、笑みを含んだお優しい表情でわたしを見てくださるの。
「ミホーク様………。」
「行くのだな。」
「はい。」
返答に迷いはない。
自分で選んで決めたこと。
わたしは自分を奮い立たせるように答えた。
それに応えるように、ミホーク様の表情も初めてであった頃の戦闘士としてわたしを見る目に変わった。
「前を向き続けろ。たとえ立ち止まろうが、転ぼうが、ユリは己の道を歩み続けるのだ。
俺は、俺の道を行く。
そして、主の成長と共に、その本懐を遂げられることを祈っている。」
真っ直ぐに瞬きをすることなくわたしを見据えてそう言ってくださることが心強い。
そしてそのように仰ってくださるのは、心のそこからわたしを信じて『主なら成せる。』と思っていてくださるからこそ。
「はい。短い間で沢山のことを学ばせていただきました。
ここでの修行を機にこれからも一層精進して参ります。」
「あぁ。」
薄暗いこの地で太陽が西へ傾く頃
湿った暖かい風が通り抜けて
二人を別れの時へと促していく。
お互いに言葉を交わすことなく
港へと向かって歩き出す。
離れたところから二人を見守るように
ヒヒたちが木陰から顔を出していた。
まるでユリの旅立ちを知っているかのように
まるで二人の気持ちを解っているかのように
その表情は少しばかり憂いを帯びていた。