第5章 赤い腕章
カツカツとこちらに近づく足音を笑顔を向けて止めることも出来ない。
とうとう目の前にせまり、腰をおろしたミホーク様は、優しい手つきでわたしの肩を起こし
もう片方の手で着物の袖口で鼻から下を隠す手を優しく掴んで顔から離した。
「泣き虫だな。」
その低くて穏やかな声色に、思わず顔をあげてしまうと、月の光を受けて淡く光る琥珀色の瞳。
捉えられた獲物のように、視線を動かすことも体を動かすことも出来ない。
「…………っ」
そのつぎの瞬間に肩にあった手は頬をなぞり、同時に瞬きした瞬間柔らかくて暖かいものが口に当てられた。
一瞬何が起きたのか解らなかったけど、
それがキスだったとわかった瞬間彼の胸を押し離した。
「お止めください……。これ以上優しくされたら、わたし……」
ほんとは嬉しいのに、でも、もう会えなくなるのが解っているからこそ、苦しいの。
涙がぽろぽろ溢れて止まらない。
わたしより広くて大きく硬い体に引き寄せられ、額の髪の付け根を大きな手で優しく押し上げられ目線が絡む。
「ユリ。今、俺がどう動いても主は涙を流すのだろう。
俺は、主がここを去ろうともユリらしく笑って生きててくれたらそれでいい。
ユリが明日笑顔で帰れるよう今を過ごしたい。」
しっかりと視線に入る顔は涙で滲む。それでも刺すようにわたしを見る千里眼は、心の中までもう見えてるようだった。
この人がどんな過去を歩み、これまでどんな人と出会いどのような別れをしてきたのかこの目の持つ力でも解らない。
でも、確かなのは、過去に深い哀しみの念があるということ。
おそらく、その思い出から助け出して欲しいわけでもなく、その悲しみをも受け入れて学びとり、凪として心の奥底で静かに眠っているんだろう。
この人の持つ心の海は大きすぎて、全てを許しながら順応させる引き潮のようにわたしの心を引き込んでいく。
わたしを宥めるように大きな手は頭を優しく撫でるから
慈しむような低くて暖かい声が溶けるくらい優しいから
その目がわたしに視線をずらすことを許さないから
体と心に灯る熱が抗う全てを溶かしてしまう
満月は人のこころを隠すことを許してはくれない。