第5章 赤い腕章
演目の終わりに手つき頭を垂れる。
それを合図にに月神は式紙に変わりふわりと持ち主のもとに戻ってきた。
同時に意図もなく自然に頭の中でこのひと月のことが次々と沸き起こる。
たった一月と言えど、寝食を同じ屋根の下で過ごし、ともに田畑を耕し、日中は本気で剣を交わした二人だけの生活は様々な感情を生み出してきた。
憧れ、尊敬、恩情、恋慕…………。
そんな言葉では表現できない。
ここにいたい気持ちもある。
だけど…………、今のわたしは立ち止まってはいけない。
立ち止まれないの。
ここを発てば、わたしの大切な人たちがわたしを待ってるし、彼らを断ち切ってまで想いを貫くことは出来ない。
もともと、生きる世界が違う人だって思ってたから、来た当初から師として接し、好意をもたれないように振る舞っていた。
それでも、今までほぼ毎日、本気で剣を交えわたしの信念と本気をこの人の胸に刻ませた。
ミホーク様は、わたしがもっと強くなれるように言ってくれたこと、してくれたこと全てに愛を感じ、わたしのありのままを引き出し受け入れてくれたから好きになった。
同時に、ミホーク様の気持ちも知って、同じことを思って、その関係のまま思いを告げずここを去ろうとしているのに
溢れる想いから涙を堪えることが出来なくて
頭を下げて近くなった床に涙の雫がポタリポタリと落ちて止まない。
それでも、袖口で涙を払い顔を上げた。
「ここを明日発とうとも、ここで教わったこと、ミホーク様が与えてくださったもの全てを糧に
来るべき日のため、大切な仲間を家族を守るためにこれからも強くなります。
本当に……本当に短い間でしたが……
有り難うございました。」
涙を流しながらでも
芽生えた感情のみを語らず、言いたいことは言いきった。
再度頭を下げたら、涙だけじゃなく
口から溢れる嗚咽も止められない。
「ユリ………」
お願いだから、今優しくしないで………
優しい声でわたしを呼ばないで………