第5章 赤い腕章
正面玄関前。
まだ、空は薄暗い。
朝のひんやりした風が、湿度の高いこの国では気持ちがいい。
子どものヒヒが集まり、一緒に笛を吹く。
そんなわたしの後ろでミホーク様は壁にもたれて、わたしが吹くのを聞いていた。
「何故笛を吹く」
とミホーク様。
もう、この笛の意味は、故郷や両親、主君だけのためではなくなってしまった。
わたしが海に出て数々の戦闘を乗り越えて、そこで奪ってしまった命への鎮魂歌。
そして、新たに出会った人たちや、仲間、家族の魂への祈りでもあった。
「魂への祈りのためです。はじめは海に出る前に置いてきたもののためでしたけど、気づけばずいぶん意味合いが変わったものとなりました。」
「そうか。」
視界に入るところにある大木を巨大な十字架に切り裂いたのはミホーク様なんだろう。
ここは内戦で滅んだ国。
ミホーク様がここに移り住んだときは、まだおびただしい死体が転がっていたという。
どういうつもりでこの墓標をたてたのか、今はよくわかる気がした。
「ミホーク様。明日は夕刻ここを発ちます。その前に、もう一度だけお手合わせ願えますか?」
「あぁ。いいだろう。ユリのその回復力なら問題なさそうだ。
しかし、昨日の事があった後の今日だ。今日は休むか、畑でも共に耕すか?」
「えぇ。何もせずに過ごすのは苦手でございます。」
「フッ。そうか。」
昨日までとは明らかに違った、穏やかで暖かい空気感は、
あんなことがあって、それぞれが自分の気持ちに理解し、そしてお互いにその気持ちを悟ってるからなのかな。
肯定も否定もしない。
直接的な明言は避けつつ
お互いの気持ちを許しながらも
それをお互いの事情で受け入れることはない。
ただ、最後が迫ったひとときを別れを惜しむように大切に過ごそうとしているのも
わたしたちには自然なる暗黙の了解ってものなのかもしれない。