第5章 赤い腕章
「ユリ。」
「はい。」
「ひとつ誤解のないように教えるならば、
誰かを失ったからと言って、誰も失くさぬ一人の道を選んだと言うことはない。
それは己の心に、生きる道に嘘をつくのと同じことだ。
確かに、俺はこれまでに多くのものを失ってきた。
だが一人でも得られたものも多い。一人だからこそ得られたものもある。
この世に生を受けて大方半分以上の年月を俺は確かに一人で生きてきた。
一人でいるのは、邪念を断ち、縦横無尽に剣を振るい剣一筋に生きるためだ。」
一歩先を歩く師は、海で見聞きして憧れた姿そのままで、強靭な千里眼の鎧は強すぎる意志故のもの。
決して弱さに蓋をするような脆いものではないことを悟った。
彼が孤高の海賊であるのは彼の目指してきた生き方そのものの結果。
その姿が世界中の剣士の尊敬や畏敬の念を集める。
その評価と実際の彼の姿は違うところがない。
「人それぞれ、大事にしたいと思うものが違う。
俺は万物に縛られない自由と身軽さ。
赤髪は仲間と自由
白髭は家族と自由。
お前はそれら己を取り巻く全ての愛ではないのか?」
「おっしゃる通りです。わたしはわたしを支えてくれる全ての愛に報いたい。」
「では、それを貫き通してみよ。剣も生きる道も全てがお前が選び抜いたものの答えになってくる。
己の軸を他人に染まらせるな。」
「はい。」
「さぁ。もう差し迫る不安も薄れたろう。思う存分かかってこい。」
ここは日が射しても薄暗さが残る土地柄。
湿気を伴いながらも朝ならではのピンと張り詰めた空気が緊張感をもたらす。
厚い雲の下で剣を構えた二人。
残された時間は容赦なく過ぎ去るのに、訪れるその先に起きることなど、どんな強者だろうが知る由もない。