第2章 葬式
「藤本神父は強かったし、こんなあっさり死ぬような人じゃないはずだった。皆も、もちろん私もずっとそう思ってた。けどね、どこかしっくり来てるような気もしてね。燐を……息子を守って死ぬなんて、世話焼きなあの人らしいっていうかさ」
静かな、うたうような声だった。伏せられた深緑の瞳は涙をこぼすことはないが、滴るような深い哀愁をはらんでいる。そのどこまでも静謐な表情を、雪男は黙って見つめていたが、やがて何かを決心したように口を開いた。
「……こんなこと、今更だとは思うんですけど」
「うん?」
墓石に落とされていた昴の視線が、傍らの雪男に向けられる。
「神父(とう)さんは何故、昴さんに兄さんがサタンの子どもであることを教えたんでしょう。僕は当事者ですから、分かります。でも昴さんは一般人で……兄さんの秘密を教える理由はないように思うのですが」
「私、一般人じゃないよ。祓魔師だもん。あ、「元」祓魔師か。剥奪されちゃったもんね」
「……」
何でもないことのように話す昴とは裏腹に、雪男は目を伏せて痛みを堪えるような表情を浮かべた。
「保険だよ、多分。燐の炎が抑えられなくなることを見越して、一緒に教会で育てられていて、且つ手騎士(テイマー)の才能を持っていた私が祓魔師になれば、いざという時応急処置でも任せられると思ったんじゃないかな。私が純血竜(ピュアリニアル・ドラゴン)を喚び出せば燐を押さえつけとくくらいのことはできただろうし、実際、もしものことがあったら頼むって言い含められてたしね」
昴は墓石から視線をはずし、重く澱む灰色の空を見仰いだ。顔の左側を隠す前髪の一房が、湿気に耐えかねたようにずるりとこめかみの方に滑り落ちる。
その隙間から覗くものを――彼女の左の顔に遺るものを、雪男は知っていた。けれどまじまじと見る勇気はなくて、視線を不自然にさまよわせることしかできなかった。
見れば思い出してしまうから。あの時のことを。