第18章 消えた夜を繋いで
もう何度目ともわからないこの状況に、先生は慣れたようにエントランスのナンバーロックを解除してエレベーターへ乗り込む。
「鍵は」
「あります、大丈夫でーす、うっうぇぇ……」
上昇していくエレベーターの中で重力に逆らう感覚に込み上げる不快感。やばい、今日はいつも以上に飲みすぎた。先生を酔わせようとする気持ちとヤケ酒とが相俟って飲んだ量は限界に近かったみたいで。
「お前……勘弁してくれよ」
「だいじょぶ、吐きません、吐きませんから」
重力の揺れから逃れるように開いた扉から抜け出して、部屋の前へと辿り着く。取り出しておいた鍵を差し込んで重い扉を開けて振り返る。
「相澤先生、」
まるで誘うように口から出た名前に小さく溜め息をつく先生。自分でも分かるくらい分かりやすく熱の篭った声。ダメだこんな酔った状態で。これではまるでただ熱を鎮める相手を欲しがっているみたいじゃない。
それでもしばらく誰とも重ねていない体は先生を求めている。そうだ、これだ、先生も。先生もただそうやって私を。違うのは、私は誰でもいいんじゃなくて、先生がいいってことだけ、それだけだ。
「ね、先生」
「お前な……」
「いっ、たぁーーー」
デコピンをくらわされて痛む額を撫でながら見た先生は、少しだけ瞳が揺れていて。もう一押ししたら、堕ちそうな。
「……ねえ、」
「俺じゃなかったら食われてるぞ」
食べて欲しいんです、先生に。口から出そうになる言葉をぐっと飲み込んで見上げた先生の瞳はもう揺れていなかった。
「それじゃあな」
「……おやすみ、なさい」
「ああ、おやすみ」
行かないで、行かないでよ先生。
小さくなる背中をいつまで追い続ければ近付けるんだろう。一度近付いたはずなのにまた遠ざかるその背中を手に入れられる日はいつか訪れるのだろうか。
「抱いてよ、先生」
扉が閉まりきる寸前に呟いた言葉が先生に届くことはない。聞こえたとて、応えてくれることはないと分かっている。酔っていない先生が私を抱いてくれることなんてあるはずがない。
閉まった扉に背を預けてしゃがみ込む。
「先生のことが、好き」
伝えさせて、終わらせて欲しい。酔いに任せて抱かれることも叶わぬのなら。
先生に求められる、ゆめのような時間が欲しいのに。また、先生を酔わせられなかった。