第18章 消えた夜を繋いで
「抱いてよ、先生」
後ろから、小さいけれど確かに聞こえた台詞に振り返りたくなった。振り返ってその腕を掴んで抱き竦めてその唇を奪いたい。そのまま嫌という程啼かせてしまいたい。
「はー……、勘弁、してくれよ……」
そんなことをすれば水分の思うツボなのだと理解していたって、毎度俺を酔わせようとする水分に乗って抱いてしまおうと何度思ったか。もしそれで抱いたとして俺はそれを覚えていないのなら意味が無いとどうにか自分を抑え込んで。
かと言って、素面で抱く勇気も度胸も無い。水分が欲しいのはただ熱を治めてくれる相手で、そこに特別な感情など無いとわかっていて抱くなど。その虚しさも悲しさも、もう嫌という程思い知っている。
水分が俺を酔わせようとしているのは三度目くらいでさすがに気のせいとは思えなくなった。
それでも俺が水分を飯に誘うのは他の男のところに行く隙など与えないように。手に入らないとわかっていても、他の男に抱かれるなんて考えたくもない。
たかだかほんの週末の夜を奪ったところで休日をどう過ごしているかなど知らないが、少しでもその可能性を摘めるなら。その為ならなんだってする、なんだって利用して水分に近付く男共に牽制してやる。
「待たせてすみません、お願いします」
待たせていたタクシーに乗り込んで、目を瞑れば思い浮かぶのはあの卒業式の日の水分。意を決した顔で、頬を赤く染めて、ギュッと手を握り込むその姿。
5年前に戻りたい。戻って水分の告白を最後まで聞きたい。
あの唇から紡がれるはずだった、たった二文字の言葉を堪らなく聞きたい。今なら俺も同じ言葉を返すのに。
もういっそのこと、酔ったフリして抱いてしまおうか。痛む俺の心なんて見ないフリをして。
もしまた俺を酔わせようとするならばその時は。