第12章 沈む君を眺めていた
「はー、酔ったら記憶失くすんか、そりゃまた厄介な」
「まあ今はそれをいいことに後暗い関係に堕ちてるわけですけどね」
「…水分はそれでいいのかよ」
「よくはないけど、……それでもいいからそうしてるんじゃん」
馬鹿にしていいよ、なんて泣きそうに笑う水分を馬鹿にできるはずがない。
酔っている間の相澤先生は何を考えているんだろうか。俺が考えたところで分かるはずもないし、それは水分も同じことだろう。
「酔ってる時の先生が何考えてるのか、聞きたいけど聞くのが怖いんだよねえ」
「まあそうだろうなー」
「酔ってても告白させてくれないのよ」
「まじか」
酔って理性を失ったその時に目の前にいる水分で欲を発散しただけなのか、実は相澤先生も水分のことが好き、とか。後者だとすれば水分の告白を遮る必要なんてないわけだし、水分には悪いがその可能性は低そうだ。水分の気持ちを知ってて利用した、そう考えるのが妥当な線で、水分だってそう考えているんだろうな。
「酔ってるくせにさ、可愛い後輩だよって5年前と同じ台詞吐くの」
「それは、なんつーか……あー、ワリィなんも言えねえや」
少しでも水分にいいように言ってやりたいのに、なんも言葉が出てこねえ。もし俺が気休め言ったところで水分は曖昧に笑うだけだとわかっていたって、少しでも気持ちを浮上させてやりたかった。
「酔っててもそれってさ、つまりそういうことだよね」
「…………」
「いいよ、別に慰めようとしなくても。痛いほど分かってるから」
気丈に振る舞う水分が残るビールを飲み干して「上鳴もなんか飲む?」なんて聞いてくる。俺は同じのでいいよ、と返すとお手洗いついでに注文してくるわ、と席を立った。
個室を出るその時、さらりと垂れた髪の隙間から見えた鬱血痕。
「水分、それ」
「え?……あー、ね、なんなんだろうね」
曖昧な笑みを残してこの空間を後にする水分は酷く寂しさを纏っていた。
なんだよ、あれ、あんなところに。水分のことをなんとも思ってなかったら付けるはずがないだろ。
なんなんだよ、相澤先生。独占したい証をそんなところに残して。