第12章 沈む君を眺めていた
トイレから戻ってくるなり先程目に入った鬱血痕を俺に見せてきて、水分は空元気な様子で笑いながら口を開く。
「全然気づかなくて。他の先生に見られて大変だったのよ」
気丈に振る舞う水分が「おかげで全然仕事できなくて、あんな殺気纏った先生久しぶりに見たわ」なんて言って。そんな先生の様子を思い出してぶるりと体が震えた。
「上鳴はさ、友達だから、気まずくなりたくないって言ったじゃない」
「あー、うん。……けど、酔ってたら俺だってわからないぜ」
「どうかな、上鳴はいい奴だもん」
「はいはい!どうせ俺はいい人止まりだよ」
そういうんじゃないって、と笑ってるがな水分、今まで何回も言われてんだよ。
「私はさ、素直に嬉しかったんだよ。あんなところで、雰囲気に流されないで一線を引いてくれたこと」
「うん」
「でも、先生はそういうの、無いんだよなあって思ったらさ」
私と気まずくなるかもしれないとか、そんなこと考えもしないんだろうなあって思ったらさ、悲しげに呟く水分がいじらしくて。
「そういうの抜きにしても水分が欲しかったんじゃねえの」
「まさか。酔ってる時に目の前にいたから発散の対象にされただけでしょ」
「だったらこんなもん付けるかよ」
そう言って水分の髪の中に手を差し入れてうなじを撫でる。「ん、」とくぐもった色っぽい声にざわざわと全身の血が沸き立って。それと同時にこいつの全てを手に入れたはずの相澤先生への怒りが湧いて。
「え、ちょっと、なに……!」
水分を押し倒してぴっちりと綴じられたブラウスのボタンを外し胸元に吸い付いた。抵抗する水分を押さえつけて存分に吸ったそこから口を離せばくっきりと残る鬱血痕。
涙を浮かべた水分が睨みつけてくるが逆に煽るだけなのになあ、なんてこのまま抱いてしまいたくなる気持ちをどうにか抑えて体を離した。
「なに、すんのよ……!」
「それ、相澤先生が見たらどう思うのかなって」
「こんなの……なんとも思うわけないじゃない」
どうだかなあ、とは言わないでおいた。
友人として、水分の恋路を見守ろう。唇に残るこの感覚は、水分を諦める俺への餞別と、相澤先生を焚きつけるためのまやかしの独占欲。