第12章 沈む君を眺めていた
「いやー、水分から連絡来ると思わなかったぜ」
「うん、私もする気はなかったね」
「酷くね?」
「あはは、だって、……ねえ?」
ざわざわと騒がしい居酒屋の個室で水分と向かい合っていた。泣いているのか、少し震えた声で電話を寄越したのが昨日の夜。昨夜は夜警だったから早々に今日の約束だけこぎつけて電話を切った。
あの日俺の電話が鳴ってその話題が強制的に終わらされた瞬間、明らかに安堵を見せた水分。詳しく、とは言ったがまさか本当にその機会が訪れようとは思わなかった。
「ねえ、上鳴はさ、どうしてあんなこと言ったの?」
ビールをごくごくと飲んで喉を潤した水分が口を開く。あんなこと、相澤先生とシたのかって話だ。
「どうして、って、なあ。だって水分は相澤先生のこと好きだろ?」
そう口に出せば小さく「うん」と聞こえて。
「なんで、わかったの」
「んー、まあ、なんだ、なんとなく?」
「……私ってそんなにわかり易かったかなあ」
「そんなことないと思うけど」
俺が気づいたのは、俺が水分のことを好きだったからだ。好きな人の好きな人くらい、嫌でもわかる。確かに先生は大人で、強くて、かっこいい。けれどなんであんなおっさん、そう思う気持ちを持ったまま俺はただ指を咥えて相澤先生に惹かれていくお前を見ていただけ。
「私ね、卒業式の日に告白したの」
「……へえ」
「でもね、言わせてもらえなかった。お前は可愛い生徒だよって、牽制された」
「うん」
「それでも諦められなくて、忘れられなくて、追いつきたいって、教師になった」
知ってる。全部わかってた。お前が雄英に就任が決まったって聞いた時に、やっぱりな、なんて思ったんだから。
「上鳴が言うようにね、寝たのよ先生と」
でもね、と続けた水分の口から零れた言葉に唖然とした。
「相澤先生、何も覚えてないの。私を抱いたこと、全部」
覚えてないって、嘘だろ、そんな、水分の気持ちを踏みにじるような、そんなことが、あってたまるか。
あはは、と乾いた笑いを弱々しく吐く水分の目は、笑ってなどいなくて悲しみに揺れていた。