第1章 初恋は実らない
黙々と作業をこなす私の隣の席にいる先生がこちらを向いて私の名を呼ぶ。
「水分」
「なんですかー、相澤せんせー」
この声に呼ばれるのはやはり心地がいいな、なんて思いながらゆったりと答えれば「その間延びした喋り方やめろ」、なんて軽く小突かれたりして。先生にとっては何気ない行動だったのだろうが、触れられたそこから徐々に熱を持つ。不用意に触れられてしまえば些細なことでもドギマギしてしまう心が憎らしい。
「今日、飯行くぞ」
「えっ!」
思った以上に大きな声が出て職員室にいる先生方が一斉にこちらを向く。皆の視線はすぐに元の場所へと戻ったけれど、恥ずかしくて顔に熱が集まるのがわかった。
いや、そんなことよりも今なんて言った?
飯行くぞ?
え?
誰が?
誰と?
……え?
「あ、相澤先生と、私、が、です、か?」
動揺してしどろもどろになりながらそう言えば「水分以外に誰がいるんだよ」、なんて呆れながら返されて。
正直、そこからは終業時間までよく覚えていない。書類に目を通した先生に何も言われなかったから、記憶にないけれど仕事はこなせていたらしい。とにかく、夜のためだけに頑張った。相澤先生が私を誘ってくれるなんて、夢みたいで。
いや、冷静に考えればわかる。これはきっと歓迎会とかそういう類のものだ。期待するな、期待するな。期待するほど悲しみが強くなる。いや、もうすでにこの恋は始まりもせずに終わっているんだから悲しんだところでどうしようもないしこれ以上悲しみようもないのだけれど。
それでもどこか期待を隠しきれない私を馬鹿だな、と自分で笑って。「まだ終わらないから一回帰っていいぞ」そう言われて、浮ついた心で帰路へついた。