第36章 その狡猾さすら愛おしい
「待ったか?」
待ち合わせ場所佇む姿を見て声をかければ目が合うとほぼ同時に水分の目が潤んだ。けれどまるでそれを隠すみたいに無理やり笑顔を作って「今、来たとこだよ」と口にするから思わずその手を取った。
「週刊誌とか見てたけど、水分から何か言ってくんの待ってたんだ」
何度電話でもメッセージでも送ろうと思ったことか、口から出かけたその言葉は飲み込んで告げれば潤んだ瞳から涙がはらはらと落ちる。なんでだよ、なんで、水分がこんなに泣いてるんだ。なにやってんだよ相澤先生。
「本当はね、上鳴に相談するようなことじゃないって、わかってるの」
流れ落ちる涙を拭うこともせずに水分は言う。わかってる、水分は一人で抱えるタイプだってこと。だからそれが辛くなって頼ってくれたのが俺であって嬉しいと。嬉しいけれど、そこで頼るのは俺になんて可能性は微塵もないと物語っていると理解して悲しくもあるけれど。それでもやっぱり嬉しさが優って、俺は偽善者の皮を被って水分に手を差し伸べるんだ。
「……俺はさ、水分が好きだから。だから、お前には笑ってて欲しい」
握る手の力を強くして「そのためなら俺を頼ってくれて、利用しても構わない」とそう言って笑えば水分は悲しく笑った。違うんだ、そんな顔が見たいんじゃない。もっと朗らかに、幸せそうに笑う顔が見たいんだ。