第36章 その狡猾さすら愛おしい
「……ありがとう」
「いーって!俺が水分を好きとかなんとかそう言うのは置いといて、友達なんだしさ」
友達、そう、友達だ。努めて明るくそう告げれば「ありがとう」ともう一度水分が呟いた。俺のこの腹に渦巻く黒い気持ちなんて知らないくせに。「そりゃ下心ゼロってことはないけどな」なんて、冗談と本音を織り交ぜて言えば水分がようやく少しだけ無理のない笑顔を見せた。
「上鳴のことを好きになれたらよかったのになあ」
なんて残酷な言葉だろうか。それは好きになんてなれない、ならないと言っているのと同等だ。思わず握る手に力が入る。水分だってそれをわかっていて、言っているんだ。なんて、残酷な。けれど俺はそれに気づかないフリをして。
「……んなこと言われたら本気にするぞ」
「いいよ、落としてみせてよ」
そう言った水分の顔は『無』だった。思ってもないこと、言うなよ。惨めになるだけじゃねえか。
水分が好きで好きでたまらないのに、悲しくて哀しくて、たまらない。いつだって水分の視線の先には先生がいて。きっとこれでもしも相澤先生が水分のことを好きじゃなかったとしても、望みがなかったとしてもお前は。