第36章 その狡猾さすら愛おしい
着信を告げる音がスマホから鳴ったのは唐突だった。何故か咄嗟にそれは水分だと思ってロクに画面も確認せずに電話に出れば聞こえてきたのは「上鳴……」と弱々しく俺を呼ぶ水分の声だった。
ずっと、待っていた。あの2人がデートをしている現場に遭遇した数日後のことだ、週刊誌にデカデカと載る文字に目を見開いたのは。『イレイザーヘッド破局』ただそれだけの文字が俺の目に飛び込んできて気がついたらその週刊誌を買っていた。正直こんなものはどこまでが本当でどこまでが嘘かもわからない。前回の熱愛報道だって結局のところは真実ではなかったのだし、これだって真実はわからないと思って水分に連絡を取るのは避けていた。
それにもし記事が真実だったとしてもあんなことを言った直後で水分に連絡を取るなんて、まるで弱みに付け込むみたいで。なによりも言外に俺を牽制した相澤先生と水分が別れたなんて信じられなかった。
けれど電話の先で震える弱々しい声がそれが真実だと物語っていて。しかも随分と経ってから連絡を寄越したものだ、何かあったのだと一瞬で思い至った。