第35章 突き刺さった棘は抜けない
「……俺はさ、水分が好きだから。だから、お前には笑ってて欲しい」
握る手の力を強くして「そのためなら俺を頼ってくれて、利用してくれて構わない」と、そう言って上鳴は笑った。ああ、もう、本当にいい男だななんて思って。上鳴のことを好きになれるのなら、そうしてこの手を取れば幸せになれると、そう思うのに。
「……ありがとう」
「いーって!俺が水分を好きとかなんとかそう言うのは置いといて、友達なんだしさ」
朗らかに笑う上鳴にもう一度ありがとうと呟けば「そりゃ下心ゼロってことはないけどな」なんて、冗談っぽさを滲ませながら返される。そこに含まれる本心に気付かないふりなど出来なくて。
「上鳴のことを好きになれたらよかったのになあ」
「……んなこと言われたら本気にするぞ」
「いいよ、落としてみせてよ」
そう言って笑った私の顔はどんな表情をしていたんだろうか。悲しげに顔を歪めた上鳴しか、それを知ることはない。
そんな上鳴の表情を見て、きっと先生に私が向けていた顔はこんな表情だったのだなと思った。好きで好きでたまらないのに、悲しくて哀しくて、たまらないって表情。いつだって先生は表情に感情を表すことがなくて、私ばかりが好きで。あんなスクープさえなければあの夢のような時間すら得られなかったのだ。