第32章 燻る残り火をどうか消して
衣擦れの音で目が覚めた。ふと隣の熱に視線を寄せれば水分がこちらを見ていて(幸せだな)なんて思った。こいつは俺のものでもなんでもないのに。まるで手に入れたような気になっている自分に嫌気が差す。それでもやはり、起きて隣に好きな奴がいるという事実に自然と口角が上がった。もう、これが最初で最後なのに。
「ん、おはよう」
何も言わずに俺を見つめる水分にそう声をかけながら頬に手を滑らせて。嫌がらないのを確認して顎を掬い上げて触れるだけのキスを降らせる。頬に触れる俺の髪を擽ったそうに笑う水分を目に焼き付けて。
震える唇で、意を決して俺はお前に伝えなければならない。
「水分、話がある」
少しだけ身を硬くした水分が、どこかホッとしたような顔で俺を見ていて。ああ、やっぱりこれでよかったんだ。そう、思えたから。次の言葉は少しだけ言いにくかったけれど。けれど、喉にも、胸にもつっかえずに俺の口から滑り出ていった。
「付き合おうって言ったの、忘れてくれないか。恋人ごっこはこれで終いだ」
好きな人の幸せを願うなら、これが最善の方法だと思った。今朝見た夢の中の笑い合う上鳴と水分があまりにも幸せそうだったから。隣に立つべきは、俺のような男ではないのだと思い知ったよ。
俺が告げたあと、水分の頬をはらりと涙が伝って。けれどなんの言葉も交わすことなく別れを受け入れた。つまり、そういうことだ。涙の意味はわからないけれど。きっと弄ばれたと、そう、思っているのだろう。最後にまたこうやって抱いた俺は、最低な男だと、思っているんだろう。