第1章 主夫①
俺はいつも使っているベンチプレスに手をかけた。
結構規模のでかいジムだから大抵の運動は出来るようになっているが、大体俺は筋トレマシーンやランニングマシーンを利用している。
大きなプールや、ジャグジー、シャワールームも完備されているが、俺は一度も使ったことはない。
なぜか。それは、俺の背中には翼の刺青が大きく入れてあるからだった。
俺は昔、いわゆるヤクザと呼ばれる人種で、この社会で刺青は反社会的勢力のシンボルであるかのように扱われるため、彫り物を入れている奴は公共のプールや風呂には入れないルールになっている。
こんな俺がカタギのと出会い、組を抜けて専業主夫をやっているなんざ、まるでファンタジーのようだ。
当の本人である俺ですら、時々これは夢なんじゃないかと思ったりするくらいだから、周りの人間から見たら余計にそうだろう。
もっとも、今となっては俺の素性を知る者も少ない。
まぁ、過去の経緯はどうあれ、俺がここに通っている理由はそんなに大層なものじゃない。
ただ、身体を動かさないと気持ち悪いから運動しているだけだ。
もう抗争がある訳じゃあるまいし、今更身体を鍛えるだのなんだのと言う訳じゃない。