第1章 締め切り前の原稿に墨汁こぼせ!
私はその時猛烈にキレた。
ふざけんなって。
気が付いたら幻太郎の右頬を思いっきり
ぶっ叩いてた。
本当に嬉しかったのに。
嘘ってなによ、嘘って。馬鹿。信じらんない。
私は幻太郎をぶっ叩いた後、
「別れてやる!こんな家も出ていくから!」
って、力任せに宣言して荷物纏めて
出ていく時幻太郎が
「話だけでも聞いて欲しい」
とか言ってた気がしたけど…。
また「嘘」だなんておちょくられるのが
嫌で聞きたくなかったし聞かないまま
およそ4年の交際期間と
3年間の同棲生活は終わった。
「あーーーもうさいっ悪!さいってい!
大嘘つきやろう!新刊全部落とせ!!!!」
ダン!とグラスをテーブルに叩きつける音が
狭い部屋に響く。
同じ職場だけど部署は異なる先輩…
先輩というより友人みたいな間柄の
(少なくとも私は友達だと思っている)
観音坂独歩っていうこれまたしがないリーマンの家に上がり込んでやけ酒タイムだ。
「有栖…
愚痴るだけなら帰って欲しいんだけど」
「帰る家なんて捨てたっつーの!
ほらはやく次の酒ついでよ!」
「ちょ、飲みすぎ…」
「知らないわよ!
あと今日はここに泊まるから!」
そう私が宣言すると独歩は「げっ」と
露骨に不満を口に漏らす。
何よその態度は。
「え!?
いやいや、泊まるのだけはまじで勘弁
一二三が帰ってきた時ビビるから」
「あ?ひふみぃ?
女性恐怖症のホストなんだっけ」
女性恐怖症でホストとかそんなの
仕事としてやっていけんのかね。
なんでその職業に就こうと思ったのかも
不思議だ。
てか同居してんのか、三十路手前の男同士で。
へー、ふぅん。