第1章 ミダの収穫祭
音楽と舞が終わり、見物客が思い思いに広げられた布に小銭を投げて行き、人少なになるとハイネダルクは休憩中の少女に近づいた。父親は弦楽器の手入れをしていて顔を上げない。
「こんにちは」
優しく少女が微笑む。その微笑みに勇気づけられて、ハイネダルクは口を開いた。
「綺麗な舞だった。これ」
金貨を手渡すと少女の瞳が丸くなった。
「こんなに……!?」
「その代わり、と言ってはなんだが、俺の友達にも君の舞を見せてやってくれないか? 森の奥に棲んでいて町には出て来ないんだ」
少女は優しい笑顔を再度浮かべてうなずいた。
「父は行けませんが、私だけでもよろしければ」
「ぜひ頼む。……俺の名前はハイネダルク。君は?」
「私は風音です。よろしくお願いします。ハイネダルクさん」
「ハイネで良い。同い年くらいだろう? 敬語も使わなくてかまわない」
ちょっと戸惑った後、風音はうなずいた。
「うん。仲良くしてね、ハイネ」
父親が手入れを終えると、休憩も終わりのようだった。風音は少し早口でハイネダルクに告げた。
「祭りの期間は毎日、晴れたら、お昼の休憩以外は午前と午後、ここで父の演奏で舞を舞うの。明日のお昼頃にここで待ち合わせてもいい?」
「分かった。迎えに行く」
父親に呼ばれて、再び舞うべく、風音は駆けて行った。
翌日は良く晴れた日だった。ハイネダルクが広場へ行くと、ちょうど午前中の見物客が去って行くところだった。
「ハイネ! ちょっと待っていて。すぐ支度するから」
手足の鈴を外して、ポケットに入れ、舞の衣装の上から、ローブを羽織ると、風音は「お待たせ」とハイネダルクのもとへ来た。
ハイネダルクの後ろについて、風音は町中を抜けて行く。ミダに来るのは初めてだと言った彼女は、珍しそうにあちこちを見回していた。途中、「ちょっと待ってて」と言い置くと、小麦で焼いたパンに炙った鶏肉と野菜を挟んだ物を買い求めた。
風音が昼食を摂っていないことに気付き、貴重な昼食の時間を自分の我儘で奪ってしまったとハイネダルクは慌てた。
「気にしないで。きっと森で食べたら、ピクニックみたいで美味しいわ」
無邪気に笑う風音にはてらいがない。旅慣れた商売人にありがちなすれたところが風音にはなかった。それがハイネダルクには好もしかった。