第1章 Fate短編・SS
私の知らない私
あれから時が経った。
あの出来事が夢と見紛う程薄れていく。
彼とまるきり合わなくなったわけではない。
むしろ逆に、徐々に出会う回数が増えてきている。
所謂逢いびき、デートというものである。
では何故、薄れているのか。
彼とは出会っているもののあの時とは別人のようなのだ。
私も彼にとっては別人のように思えているのであろうが、
その素振りを見せない。
油断も隙もない食えない男。
無い無い尽くしではあるが、こうして何度も出会いを重ねることによって
私自身彼のことが本当に気になってしまっているのもまた事実。
ふと気づくと週に一度通っていたバーにも近頃は通っていない。
結局これは彼の陰謀なのだろうか。
…実際どうだろうと気にはすまい。
慣れた足取りで待ち合わせ場所へ着く。
彼はいつも私より早く来て待っているが、深い意図までは知らない。
私を見つけるなり人の悪そうな笑顔を浮かべる。
悪そうなのではなく、悪い人だと思うが、
それを口にすればきっと日常には戻れなくなる、そんな確信があるのだ。
あることないこと、彼と話すのは相変わらずそんな話ばかり。
彼自身が私をどこまで知っているのかはわからない、
けれど私は彼のことをよく知らないままなのだ。
ひとつだけ知っていることはいつも仄かに血の匂いがすること。
理由なんて聞かない、私の前にいる彼は人殺しなどしそうに見えない。
彼がそう振舞って見せているのだとしても。
別れる前にその血の匂いを擦り付けるかのように抱きしめられて
口付けを交わすのだってきっと理由はない。
もう、どれだけそんな日々を繰り返したのだろう。
私は、私の知らない私になっていた。
悪いことではない。
だって、それは、そんな私が彼にとっては大層なお気に入りなのだから。