第1章 Fate短編・SS
お酒だけなのに
とあるバーの片隅、いつものようにカクテルを少しずつ嗜み、
何も考えず無に浸る。
なんて事のない週末。休日の前の休息。
マスターは常連である私に不必要な接待をせずに見守ってくれている。
それが私にとって週に一度の安息だった。
だが、今日は違った。
私の隣にひとり、男が座ってきた。
他にも席はいくらでも空いていただろうに、
あろう事か片隅にいたこの私の隣に座ってきたのだ。
いつもなら断っていただろうに受け入れてしまったのだ。
そうさせるだけの何かが彼にはあったのかもしれないが、
私は自分自身の行動に驚いた。
過ぎてしまったものは変えようがない。
「ひとりで呑んでいたのですか」
男は、何事でもなさそうに私に話しかけてきた。
他愛のない与太話を。
それからしばらく、話をしているうちにこの男のことがわかっていった。
とある協会の神父であること、本来ならば職業柄このような場所とは
無縁な筈であるのに何故か足を運んでしまったこと。
名前は言峰綺礼だということ。
さらに不思議なことに男はこうも言った。
"貴女にあって確信した、貴女に会うためにここへ寄ったのだ"と。
素面であれば、あるいは普通であれば、
ただの口説き文句だと吐き捨てることが出来たのかもしれない。
違ったのだ。違ったのだ、何もかも。
私もおかしかったに違いない。
彼に、言峰綺礼に出会ってからは私もまた同じ事を思ったのだ。
"私は今日この時この人に会う運命であったのだ"と。
更には思った事をそのまま口に出してしまった。
笑い飛ばされるかと思っていたのに、
むしろ笑い飛ばされたほうがマシだったのだろう。
"やはり私と貴女はここで出会う運命だったのですね"
と、言葉を発したのだ。
思わず耳を疑った。酔いも醒めた。
そこから何か発展するのかと思いきや、
会話も途絶え、ただただ互いに自分の頼んだカクテルをちびちびと呑むだけだった。
私が、欲しかったのは、お酒だけなのに。