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「消えやらぬ」「君が行く」

第1章 蛍


伊東様は蛍を捕まえるのがお上手だった。
ひょいひょいと手の中に小さな光を収めると、カゴに入れ、汗ばんだ私の髪を撫でた。
その眼が何か言いたげな気がして、私は首をかしげて見せる。
伊東様はそんな私に少し笑い、口を開いた。
「しばらく、来れないかもしれない」
「…そう、ですか」
「少しばかり、厄介な仕事がある」
「…どれくらい、かかりますか?」
「分からない。何とも言えないな」
その言葉に、私はうつ向いて蛍を見つめた。
一昨日、女将さんに言われた事が頭を過る。
馴染み客の一人、呉服屋の大旦那が私を身請けしたいのだという。
前々からそれらしい事は言われていたが、いよいよ二代目に当主を譲るとなり、楽隠居生活に入るタイミングでと、話が本格的になったのだ。
女将さんはニコニコしながら言った。
「奥さんはもう何年も前に亡くなってるし、隠居生活する家は、家族の家ともお店とも離れているし、何の気兼ねも無い、良い話じゃないか」
確かにそうだ。しかし…。
「」
伊東様の声に、私はハッと顔を上げた。
「すみません」
「いや。身請けの事でも考えていたのか?」
「…どうしてそれを」
「この店の遊女達は、お喋りの声が少し大きいな」
「…」
「良い話なのだろう。何故そんな顔をする」
「い…鴨太郎様がお越しになった時、お相手が出来なくなります」
「…僕はここにから出してやる事は出来ない。幸せにはしてやれない」
「…私にとって、伊東様といない幸せより、伊東様といる不幸せの方が、ずっとずっと甘いのです」
困ったように笑った伊東様は、私の額を軽く指で叩いた。
「わがままな蛍だな」
そのまま口付けをされ、再度布団に倒される。
2度目は、お互い無言のままだった。
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