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「消えやらぬ」「君が行く」

第1章 蛍


この人が私の元へ通いだした頃は、触れられる事すらなかった。話すだけで帰って行った。そんな客は珍しかった。
しばらくしてから、伊東様は私を抱くようになった。
伊東様の抱き方は、いつもどこか距離がある。素肌を触られているはずなのに、薄衣一枚、薄氷一枚分の隙間を感じていた。
しかし今日は。
くちゅっと、私の体が音をたてる。
「あ…んっ」
思わず漏れた声に、眼鏡の奥の眼が細くなった。左の乳房に歯を立てられ、小さく悲鳴を上げる。
「いっ…伊東様…」
「か…くれ」
私の肉を口に含んだまま言うから、聞き取れない。
「え、あの、何、て」
「鴨太郎と呼んでくれ」
「…鴨太郎…様」
あぁ、そういえば、初めて呼ぶな。
回りきらない頭で思った。
何かお仕事で嫌な事でもあったのだろうか。
心配でもあるが、感情をぶつける先が私である事が嬉しくもある。
「…」
「はい」
「」
「はい、鴨太郎様」
この人はそして、私を源氏名で呼ばない。
まだ武家の娘だった頃の、私の本名で呼ぶ。
蛍が舞う閨で、私達は互いの名を幾度も呼びながら抱き合った。
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