第2章 フラワータウン
「な、なにここ……薔薇園?て言うか、なんでこんな所に…」
そんな言葉がするりと口から零れ落ちた。それも仕方の無い事だ。名前が意識を飛ばす前に見た光景は大きく身を揺らし踊る炎のモンスターと、自身に迫り来る木材だったのだから。
それがどうだ?今現在名前は咲き乱れる薔薇たちの中に居る。そよぐ風に薔薇の花弁が宙に舞いなんとも幻想的な光景が視界いっぱいに広がっている。まるで狐に抓まれたようだ、と名前は思った。
何故自分がこのような所に居るのかまるで分からなかった。
目が覚めて違う場所にいた、なんて事があったとしてもそれが病院などだったらまだ分かる。しかし現実はどうだ?名前は今病院とは程遠い、薔薇にまみれた場所に居る。
しかも幻想的なその場所にはまるで王子様のような出で立ちをした男までいる。何が何だか訳が分からなかった。
「ったた…君、頭突き強いんやな」
「え?あっ……ご、ごめんなさい!」
咲き乱れる薔薇たちに視線を注いでいると不意に聞こえてきた男の声に名前は我に返った。現実逃避気味であった思考回路を無理矢理吹き飛ばし、男へと視線を注げば彼は苦笑を零した。
「いや、ええよ。ビックリしたんやろ?堪忍な、顔覗きんだりしとって」
「いえ……そんな、こちらこそ色々すみません」
薔薇が咲き乱れるなか顔をつき合わせお互い謝罪を述べると言う少しおかしな状況に些か疑問に思いつつもぺこぺこと頭を下げる。あぁ何故今自分はこんな事になって居るのだろうか。
名前は心中で溜め息をつきつつそんな事を思った。
現実逃避をしたい気持ちでいっぱいであったが、そうするには何もかも現実的過ぎて無理だった。唯一の救いと言えば、目前に居る端正な顔立ちの男が悪い男には見えない事ぐらいだ。
そよぐ風も、座り込んだ地面から伝わる芝生の感触も、風に乗って香る薔薇の香りもーー何もかも現実味であった。目と、耳と、体で感じる。それらの情報源が、夢ではないのだ名前にまざまざと突きつけてくる。
「えっと……いきなりなんですけど、質問良いですか?」
謝ることをピタリとやめた名前が控えめな声と態度でそう切り出せば目前の男は嫌な顔ひとつせず笑って、ええよ、と頷いて見せた。