第2章 フラワータウン
ーーと言うか、目の前に人間が現れたって言うのに全然ビックリしないのね。
優しく微笑み掛けてくる蔵ノ介に名前はぼんやりとそんな事を思った。
ーー普通自分と違う生き物がそこら辺に転がっていたと言うならもう少し驚いて良いものだと思うけど。
名前は口を一直線に結んだままそんな事を考えて、途中で放棄した。今はそんな事を考えている場合ではないと気づいたからである。
まず何故自分がこの世界に来たのか。
そしてどのようにして元の世界に戻れるのか。
今現在自分が思考を巡らせなければいけない事はこのふたつだ、と腕組をしながらそっと顎に手を添える。しかしまぁ、何故この世界に来てしまったのかという心当たりもなければ元の世界に戻れる術も全く浮かぶ筈は無かった。
それもそうだろう。名前は意識を飛ばす前家事現場をただ呆けて眺めていただけだったのだから。
「なんで…」
「え?なんか言っ…」
「なんで…なんで転生しちゃったのーー!!」
大きな声でそう叫んだ名前。傍らにいた蔵ノ介はその声の大きさと、突然の奇行に目を大きく見開き驚いた様子を見せている。普段なら叫ぶなどと言う事は絶対にしないのだが、叫ばないとやってられないわ…、と名前は大きく溜め息を吐き自身の髪をくしゃくしゃとかき撫ぜた。
もやもやするなんてものでは無い。ざわざわもやもやする不快感のようなーーそんな、あまり宜しくないはない感じ。それが名前の胸の内に我が物顔で居座っている。
一人頭を抱えるようにして蹲っていると不意に影がさした。それと同時にふわりと、薔薇の香りが鼻腔を擽る。何事かと名前が顔を上げたその時ーーふわりと体が浮いた。否。正確には蹲っていた名前を蔵ノ介が抱き上げたのだが。
高く抱き上げられ上から蔵ノ介を見下ろせば、風に髪を靡かせながら困ったように眉を八の字にするとすぐに名前を地面へと下ろした。
ふわりと、足が地につき自然と安堵の息が漏れた。