第1章 豪雨の中で…
足元に転がる肉塊を見下ろして、しとどに濡れる俺の背後から秀吉が声を掛けて来た。
「信長様!」
「首尾はどうだ……秀吉。」
「はっ!
避難させておいた領民達は全員無事です。」
「相分かった。
では明日からは織田家直々の領民として励め…と伝えろ。
勿論、金輪際不当な扱いはせぬと良く言い含めておけ。」
「御意!」
豪雨の中、躊躇いもせず駆けて行く秀吉の背中を見送り、何時までも此処に居た所で……と踵を返した俺に向かって来る小刻みな足音。
振り向き見れば、懐刀を構えた女が駆け寄って来る。
「織田信長っ……覚悟っ!」
女は固く目を瞑り身体ごと俺に打つかって来たが、その手に在った懐刀は俺の身体に触れる直前に俺自身の手刀で叩き落とした。
「中々良い勢いではあったが、
刀先が敵に触れるまで目を瞑ってはならぬ。」
揶揄い混じりの声色で嘲笑してやると、俺に両手首を掴まれ動けない女の目がぎりぎりと俺を睨み上げる。
「あの男の娘か?」
豪雨に濡れそぼる肉塊に目を遣り、そう問うてみれば女は小さく頷いた。
「父御の仇を討とうというその意思や良し。
だがあの男は己の命乞いの為に、貴様を俺に差し出したぞ。」
酷い事実を告げたと思う。
だがこの女はそんな事には慣れ過ぎる程に慣れているのだろう。
顔色一つ変えはしなかった。
そんな女を値踏みする様にじっくりと視線を這わす。
確かにかなりの器量良しだった。
豪雨に濡れて光る艶やかで豊かな黒髪。
雪の様に白い肌に鮮やかな紅い唇。
意思の強さが表れた大きな瞳は俺を見上げたまま逸れはしない。
正直……随分と俺好みの女だ。
そうであれば、血に塗れ豪雨に濡れて滾る俺自身を更に煽るのは当然と言えるだろう。