第16章 君が知らないこと
「虐待、受けてるんだ」
おっさんはタバコに火をつけて吸い始めた。ぽわ、と口で輪っかの形をした煙を吐いた。私はその輪が消えるまで眺める。
ふと視線をおっさんに戻すと、ニヤニヤしていた。
「キモいよ」
「……え?何で」
「笑ってるから。笑えるとこ無くね」
「……ああ、すまない。癖なんだよ」
意味不明、理解不能。
私は白くて甘ったるいジュースを喉に通した。
「なあ、ユリアちゃんさぁ……親の所出て行って俺と住もうよ」
「……は?なんで」
「毎日飯はあるし、風呂も入れる。バイトするなら金も貯められて、いつでも退居可能。ユリアちゃんの為にエアコンも付けるよ。ここは冬は寒くて夏は暑いんだ。快適になる」
なんで。
「なんでそこまでするの」
「可愛いから。あと、俺ユリアちゃんが好きになっちゃった。本当に可愛い、好きだよ」
「は、キモい……でも私お金払えない」
「お金?何の」
「家賃とか、食費とか」
脳裏には怒鳴りながら灰皿を投げてくる母親。
「お前がいるせいで金がない」
「家賃払えない」
「食費が無駄にかかる、死ねばいいのに」
それを思い出していた。どうせこいつも同じになる。
「しっかりしてるね。でも必要無いよ。ただ、毎日チューして欲しいな」
やっぱり。でもチューだけなら。
「……いいよ」
この日から変態クズニート、エルヴィンとの生活が始まった。