第8章 痴漢、ダメ、絶対。
リビングで座る。
「今日、お母様は?」
「他県に出張です」
「相変わらずお忙しいみたいだな。お前もよくやってる」
ユリアはひとりっ子で両親は離婚し母親だけ。母親はバリバリのキャリアウーマンで、今日は出張でいない。下手に心配掛けたくないのが本心だが。
「それでその……お話は」
ユリアが意を決して話を振る。
エルヴィンは小さく笑顔を作った。
「そうだな。単刀直入に言おう。最近、痴漢に遭っているだろう」
ズグッと不思議な痛みが胸に走る。
頭が真っ白になってエルヴィンの顔を見つめた。
「……な、に……?」
「はい、か?いいえ、か?」
「……はい」
なんで知ってるの。なんで?
ユリアは訳も分からずにエルヴィンが立ち上がるのを見つめる。
「……お前はよく気が付くが、時に周りを見ていないことがある。例えば、毎日乗車する満員電車の中。まああれだけすしずめ状態の車内だから周りを見る余裕はないだろうが」
机を挟んで向かい合っていたエルヴィンは、ユリアの真横に来て膝をつき、ユリアの身体の両側に手を着いた。ユリアは近寄られたことで逃げるように上体を倒す。
「その痴漢、顔は見た事はあるか?」
「……無いです」
「何も違和感を感じなかったか?手の特徴や、息遣い、匂い」
「わ、かりません……先生、怖い……」
違和感は少しあった。そういえば。
痴漢の背丈は、エルヴィンくらいで、手の大きさも……エルヴィン……?
「分かってきたようだな。じゃあ改めて質問する」
耳元に近付き、唇が当たる距離で低い声が静かに鼓膜に響いた。
「お前に淫らな行為をしていたのは、誰だと思う?」
「…………せ……ん、せ……?」
ユリアが震える声で答えた。
「……正解だよ。やれば出来るじゃないか。やはりお前は優秀で俺の自慢の生徒だよ」