第1章 思い出
「約束…ですか?」
朧は戸惑ったような顔で、松陽を見上げた。
整えたばかりの部屋に吹き込んだ風が、二人の髪を揺らした。
松陽はにこりと笑う。
「えぇ、約束です。私達、ここから二人で始めていくんですから。まぁ、同士というか仲間の記念に」
そう言って差し出された松陽の小指に、朧はおずおずと自分の小指を絡ませた。
ハッと眼を開いた朧は、頬を伝う汗をぬぐった。
何故、今になってこんな夢を見るのか。
あんな言葉、今となっては戯れ言以外にのなにものでも無い。
脳裏に浮かぶのは、いつかの指切りと、先日見かけた、松陽と門下生達の姿。
もしも、あの中に自分も居たら、こんな嫌な汗をかく事はないのだろう。
舌打ちをする。
ダメだ。こんな事を考えている時間は無い。
松下村塾を襲い、吉田松陽を捕らえるのは、明日だ。
朧はそっと顔を覆った。
頬に当たる小指が冷たく感じた。