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小指の約束

第1章 思い出


山道を歩いていた一人の男は、ふと足を止めた。
空に浮かぶ月を見上げるその顔には、何の感情も読み取れない。
「朧が、死んだか」
そうつぶやくと、わずかに顔をしかめた。
男、虚は舌打ちをして頭を振るう。
忌々しい。いまだに松陽が私の中に残っているのか。
要らぬ記憶ばかり甦る。
右の小指が痛む。気のせいだ。これも、松陽の記憶だ。
私は約束など、興味が無い。
舌打ちを繰り返す。あぁ、もう、本当に忌々しい。
要らぬ記憶が、要らぬ言葉が、要らぬ思いがこみ上げる。
松陽が教えた言葉が、勝手に口から溢れる。
「惟魂而有霊 莫忘昔知己 唯要持本性 終無所傾気寄 君瞰我区悪 撃我如神鬼」
『君の魂にもし霊が宿るなら、願わくは昔の友を忘れないでくれ。私は我が本性をしっかりと保ち、ぐらつかず生きていけるように願っている。君の霊よ、そういう私を支えてくれ。もし私が道理に外れた悪行があると見たら、神鬼となって私を撃ちくだいてくれ』
…くだらない。私はそんな事を思ったりしない。
ならば何故、うまく息が吸えない。
虚はしゃがみこみ、冷たい土に拳を当てた。
こんな言葉は、こんな思いは、私のものでは無いのに。
これを、この言葉と思いを、松陽は何と教えていたのか。

「南無観世音自在菩薩 比護吾児座大蓮」
『南無観世音大菩薩よ、どうぞあの子を守護して、極楽浄土の大きな蓮の上に、座らせてやって下さい』

あぁ、分かった。これは、この思いの名は。

「願い」だ。
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