第1章 思い出
「「「…いってー」」」
涙目で見上げた三人の眼に映ったのは、微笑みを浮かべる松陽の顔。
「ケンカは止めなさいと、いつも言っているでしょう」
「だって先生、こいつ」
不満気に口を尖らせる晋助の頭を、今度は優しく撫でた松陽は、ふてくされた銀時に向かって言った。
「銀時、私の授業を寝るのはかまいませんが、それを叱ってくれる晋助とケンカしてはいけませんよ。悪い事はダメだと咎めてくれる友人は大切にしなさい」
松陽は晋助と小太郎にも笑いかける。
「三人とも、大人になっても変な遠慮などせずに、間違っていると思ったら、叱りあえる仲でいて下さいね。そうだ。三人で仲直りと約束で指切りをしましょう」
そう言われ、おとなしく右の小指を立てる晋助と小太郎を尻目に、銀時は右の小指で鼻をほじりながら松陽の顔を見上げた。
「松陽は友達いるのかよ」
思わぬ問いにキョトンとした松陽は、数秒考えてからつぶやいた。
「…いませんね」
すると銀時はニヤリと笑い、鼻から抜いた小指を差し出した。
「しょーがねぇな。じゃあ、松陽も入れてやるよ。その、約束だかに」
松陽は再びキョトンとした後、嬉しそうに微笑んだ。
「そうですか。じゃあ、私も入れてもらいましょうか」
そう言ってしゃがみこみ、右の小指を三人の前に出した。
「私の指に、小指を絡ませなさい。あ、銀時は左手の小指にして下さいね」
松陽の細長い小指に、三本の小指が絡んだ。
「約束です。大人になっても、どんな立場でも、どんな状況でも、互いが間違っていると思ったら、叱ってやる事。それでケンカをしない事。もししても、その後はちゃんと仲直りする事」
頷く三人の顔と、小指の重みに、松陽の脳裏にある光景が浮かんだ。
「…あぁ、そういえば、そんな約束を歌った漢詩があるんですよ。ちょうど良い。眠って話を授業を聞いていなかった銀時の為にも、特別補修です」
露骨に顔をしかめた銀時に、思い出の顔が何故か重なった。
…朧、今あなたはどうしているのでしょう。
約束を、覚えていますか。
私の事を、咎めますか。