第2章 キスまでは、あと少し
「ねぇ、それ何持ってるの?」
さっきから気になってた。
鉄朗くんは手の中にずっと何かを握っているのだ。
「ああ、これは…」
開いて見せてくれた手のひらに乗ってるのは、マタニティマークとプリンセスの小さな消しゴム。
「マタニティマークは落とし物。お姫様の消しゴムは、母ちゃん探してくれたお礼だってチビっ子に貰って…あ、飴もあったんだ」
ポケットからは、黒飴を二粒取り出す。
鉄朗くんは家を出てからここに来るまでのこと、全部話してくれた。
寝坊して慌てて電車に乗り込んだはいいけれど、携帯を忘れてしまったってこと。
田舎から出てきたおばあちゃんと、産気づいた妊婦さん。そして、迷子の女の子のこと。
申し訳なさそうにまた謝ってくれるけど、事情がわかればもういいんだ。
困ってる人を見て見ぬふりしない鉄朗くんは、やっぱり素敵だよ。
手のひらにある三つのお土産は、鉄朗くんの優しさの証だよね。
「何か人出てきたな」
「うん。ちょっと場所変える?」
今日はバスケの試合があったみたいで、体育館の出入口からは中学生が次々出てくる。
「腹減ったろ?飯食い行くか!」
「うん」
「でもその前に。ちょい来て?」
「え?なに…?」
手を掴まれ、ただ黙って鉄朗くんのあとを付いていく。
建物に沿ってグルっと周り込んだ先は、たぶん出入口とは真逆に位置するところ。
「ここさ、試合と試合の合間によく使ってたんだ。飯食ったり、軽くアップしたり」
「へぇ…」
ベンチがひとつあるだけの芝生が広がった場所。
道路との境には高いフェンスがあって、桜の木も沢山植えられている。
試合の最中は人で賑わうのかもしれないけれど、選手が帰って行ったこの時間はとても静か。
ベンチに座った鉄朗くんを見て、私も隣に腰掛けた。
「ほんとは今日の最後に渡そうと思ってたんだけどさ。やっぱ、今貰ってほしい」
そう言って、小さな箱を私に差し出した。
「誕生日おめでとう、小雪」
大好きな人に "おめでとう" って言ってもらえることが、こんなにも嬉しいなんて。
私、知らなかったよ…。