第15章 馬と鹿とそれから獅子と
「きゅうちゃん、こっち空いてるよ」
「お、ありがとう出…久?」
視線をやった先には、緑色のウサギがいた。出久か?声は出久だったけど。緑色のジャンプスーツに、赤色のポーチと靴の組み合わせがキマっている。所謂クリスマスカラーってやつだな。そしてぴょこんと頭上に生えた二本の耳。いや、あのフォルムはもしかして……脳裏を過ぎったNO1ヒーローの姿にじわじわと口角が上がっていく。もしかしてオールマイトの髪の毛をイメージしているのかな?出久、昔からオールマイト大好きだもんな。それに首にかけられたマスクはよく見るとにっこり笑っているようなデザインだ。いつも笑顔のおれたちのヒーロー!出久と勝己と一緒に、TVから流れるオールマイトの活躍に胸を躍らせた幼い頃の記憶が蘇る。
そうか、出久が目指す先はオールマイトなんだ。あの頃と変わらず、ずっと彼を追いかけ続けてここまで来たんだ。そのことが妙に嬉しくて、おれはやっぱり出久に抱きついてしまった。
「わっ!?どうしたのきゅうちゃん」
「やっぱり出久はジャンプスーツか!いいなあ。オールマイトリスペクトしてるのが丸わかりでめっちゃいいわそれ」
「や、やっぱり分かりやすいかな……」
「暑っ苦しいんだよ退けやクソどもが!」
背中を思い切りどつかれて、ぐらりと体が傾いた。耳元で出久の悲鳴が聞こえて焦る。このままでは大事な幼馴染をロッカーに激突させてしまう。体勢を入れ替えるために出久を抱き締める手に力を込めて、勢いよく体を捩った。耳元でドンと大きな音がして、思わず目を閉じる。しかし、どういうわけか予想していた痛みはやってこなかった。恐る恐る目を開けると、鼻先が触れそうな程近くに出久の顔があった。
「きゅうちゃん、大丈夫?怪我してない?」
後頭部に接するのは冷たいロッカーではなく、もっと柔らかく暖かなものだ。
「お……?」
顔の脇に伸ばされた出久の両腕。片方は今おれの頭の後ろに、もう片方は体を支えるためロッカーに添えられている。漸く状況を察して、ひくりと喉がなった。
「か、壁ドンやん……」
「うわっ、ごめん!咄嗟に」
「いや、助かった。さんきゅー出久!」
先程の真剣な表情が嘘のように、ふにゃりと眉尻を下げた出久がわたわたした動きで体を離す。そのとき漸く、出久の背後に立つ勝己の顔が見えた。見なければ良かったと即後悔した。