第7章 桜のさの字もないな
ピピッという小さな電子音が聞こえた方を振り向くと、相澤先生が薄緑色の用具袋の中から掌サイズのボールを取り出して、何かを確かめるようにそれを陽の光に翳しているところだった。もう片方の手には計器のようなものを持っている。恐らくボールと連動して飛距離を把握できる仕組みになっているのだろう。
「爆豪、中学のときソフトボール投げ何mだった」
「67m」
「じゃあ“個性”を使ってやってみろ。円から出なきゃ何してもいい。早よ」
勝己にボールを投げて、相澤先生が一歩下がった。
「思いっ切りな」
「んじゃまぁ」
ストレッチをしながらにやりと不敵に笑った勝己が、ボールを大きく振りかぶる。ハッとした九十九は、耳を両手で覆った。
「死ねえ!!!」
鼓膜を突き破りそうな轟音を立てて、ボールは遥か上空へと飛んでいった。昔より格段に爆破の威力が増しているのを見て、九十九は内心舌を巻いた。出久が隣で小さく「うわあ」と呟いた。爆破で生じた突風と巻き上げられた砂塵に襲われて低く呻く。死ねってなんだよ、死ねって。怖いわ。結果は705.2m。個性なしのテストだったら有り得ない数値だ。それ程に彼の個性が強力であるという証であり、それこそが公共の場で個性の使用が禁止されている理由だ。
「やっぱり凄いな、勝己は」
「まず自分の「最大限」を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段」
「なんだこれ!!すげー面白そう!」
「705mってマジかよ」
「“個性”思いっきり使えるんだ!!さすがヒーロー科!!」
「………面白そう…か」
期待に瞳を輝かせながら騒めく生徒たちを見て、相澤先生がぼそりと呟いた。
「ヒーローになる為の三年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?」
その声が届いた端から沈黙が広がっていく。ごくり、と誰かの喉の鳴る音が、静寂に包まれたグラウンドにいやによく響いた。九十九は頭に登ろうとして首筋にしがみつくバニーを、瞬時に引き剥がしてポケットに突っ込んだ。