第7章 桜のさの字もないな
「個性把握…テストォ!?」
ただっ広いグラウンドに驚愕の声が響き渡る。入学式もガイダンスもすっとばして、いきなりの体力測定、いや、個性測定だ。無理もない。クラスにざわめきが広がっていく。入学式を楽しみにしていた九十九も、もちろん例外ではなかった。プロヒーローの先生たちが一堂に会する入学式を待ち侘びていたのに、まさかの事態だった。隣の出久も、相変わらず気怠そうに説明する担任を愕然とした顔で凝視している。
「雄英は“自由”な校風が売り文句。それは“先生側”もまた然り」
突然何を言い出したのか理解できずに疑問符を浮かべる生徒たちに、相澤が言葉を続ける。
「ソフトボール、立ち幅跳び、50m走、持久走、握力、反復横跳び、上体起こし、長座体前屈。中学の頃からやってるだろ?“個性”禁止の体力テスト。国は未だ画一的な記録を取って平均を作り続けてる。合理的じゃない。まぁ、文部科学省の怠慢だよ」
確かに、体力測定を個性使用可の状態でやってみたいというのは誰でも一度は考えたことがあるだろうけど。何やら視線を感じて振り返ると、3歩程後ろに立っている無表情の轟と目が合った。
厳密には、彼の目は九十九を見ているわけではなかった。轟の視線は、九十九の体操服の襟から中へ潜り込もうとジタバタしている一体のヌイグルミに注がれている。
「なあ、轟はさ、運動得意か?」
小声で話しかけると、彼は九十九の存在に今気づきましたといった表情でこくりと頷いた。
「そっか!なら競争しようぜ。総合順位が上だった方が勝ちな。勝ったら、そうだな……負けたやつに1つだけ命令できるってのはどう?」
「興味ねぇ」
「轟ってドライだよね!構ってよもっと!おれを!」
彼とは、前後の席でこれからよろしくやっていなかければならない間柄だ。数度会話しただけでかなりガードが固いことが分かったが、どうせなら仲良くしたい。小声で構ってアピールをしてみたが、轟は表情を変えずにふっと目を逸らしてしまった。