第1章 悪魔のより糸は解けない
「きいい。その余裕そうな顔をいつか歪ませてやる」
炭は一旦脇に置いて、森で取ってきた果物に噛り付いた。蜜柑のような甘酸っぱさが心地いい。キャンプファイヤーの火が大きな音を立てて弾けた。
「余裕そうねェ。そう見えてるんならよかった」
「なに、サボ君なにか言った?」
「いや。こっちの魚はうまく焼けたぞ。ほら」
そう言って差し出された魚は、焼き魚にしては焦げているが、先程と比べるとかなり綺麗に焼けていた。うーん、及第点。もう片方の手でハイタッチしながら受け取る。
「さっすがサボ君。でも魚だけじゃ足りないでしょ。森で猛獣の一匹や二匹狩ってくればよかったのに」
「声はするんだけどなァ。見つからなかったよ。ああ、でもウサギが一匹いたな。すばしっこくて全然捕まえられなかった。あと一歩だったのに」
「へー。逃がすなんて珍しいね」
「次は絶対に捕まえるけどな」
「まあ頑張ってよ」
「ああ」
焼き立ての魚をそっとかじる。ほかほかの魚は、ほんのりと塩味がしてとても美味しかった。泳げなくなるのは難点だけど、この能力もなかなか捨てたもんじゃないね。今度こそお礼を言ってやろうと炎に照らされたサボ君の顔を見上げる。サボ君は笑っていた。片手で抑えた口元は、チェシャ猫のような三日月形になっている。背後の森が、ざわざわと鳴いている気がした。
「サボ君、何笑ってんの」
「いや、別に」
「何?私の顔に何かついてる?」
「さあ」
「気になるでしょうが。さっさと吐きなよほら」
私がそう言って詰め寄ると、焼き魚を食べ終えたサボ君が、汚れた手をぺろっと舐めた。いつの間に手袋を外していたんだろう。身を屈めて次の魚に手を伸ばしながら、サボ君がちらりと上目使いでこちらを見た。
「そんなに知りたい?」
「な、なによ。もったいぶっちゃって」
聞かない方がよかったかもしれない。先程から私の第6感が警鐘を鳴らしている気がしたが、ここにはサボ君がいるし、命が危険にさらされるようなことなんてまず起きないはずだ。私はその予感を無視して、海水で手を洗うために立ち上がった。