第3章 初夏の訪問者
そして今に至る。
「帰りたいかどうかは…わかりません」
瑠璃はようやく答えた。
「そうか」
とだけ言って、光秀はまた盃に口をつける。
(不思議な女だ。
同類かと思う程、俺に牽制の眼を向けたくせに……)
庶民とも武家とも違う品位を纏った
目の前の瑠璃を静かに考察する。
(弱く儚げな女の形で婥約(しゃくやく)としていて、こちらが内心を見せやすい雰囲気をしている。
が、強(したた)かで侮れない…)
琴を弾く瑠璃を面白そうにみる。
(女狐とまではいかぬ、自分の内は容易に立ち入らせない雌猫くらいか……)
現時点での瑠璃をそう評した光秀の思いに
気付いたのか、気付いていないのか…
琴から顔を少し上げ、
上目遣いに光秀を見て、人懐こく笑った。
(ほぉ、本当に面白い)
信長から、この度の戦の時、
政宗は女に命を助けられたと、聞いていた。
用事があって近くまで来たが、どんな女に助けられたのか気になって寄ってみた。
言葉を交わした瞬間、政宗を救った女は目の前にいる瑠璃の事だと直感した。
(容姿もどうして、なかなか、玉貌。
信長様に話せば、連れて来い
と仰るだろうな)
想像して、くくくっ と喉をならして笑う。