第3章 初夏の訪問者
春の様な軽やかさの中に物寂しげな
音色が混じる。
目を瞑り聞いていた光秀が口を開く。
「帰りたいのか?」
瑠璃は応えない。
分かっていながら問うてみた。
光秀の問いに瑠璃の心が渦巻く。
それが、音を伝って悟られないよう
注意する。
久しぶりに琴を弾いて、家の事、
昔の事を思った。
厳しく躾けられた。
いつも習い事をしていた。
家族で笑いあったのはいつか。
楽しい思い出はほとんど無い。
窮屈だった毎日。
けれど、それでも、育った家。
帰りたい?
問われて初めて考えた。
「さっきの和歌も、帰りたいと思ったから
じゃないのか?」
さっき、
それは光秀と対面した時のこと。
縁側に座って外を眺めながら、不意に口を
ついて出てきたのは
鶯の 花は都も 旅なれば
谷の古巣を 忘れやはする
詞花和歌集の中の一句だった。
幼少の頃から覚えさせられてきた
和歌の中のひとつ。
なんの気無しに呟いていた歌を光秀が聞いて、
背後から声を掛けてきて今に至る。
「行尊の歌だな。」
突然背後から声をかけられ、
驚きに肩を揺らして、振り返った。