第3章 初夏の訪問者
「お待たせ致しました」
酒と肴の乗った盆をそっと下ろす。
「すまないな。
お姫様に持って来させて」
「お姫様…どちらに?」
白々しく惚けてみせる瑠璃
「お前だろう。何を言っている」
クククと喉を鳴らして笑う目の前の男性。
優男のように細くしなやかな肢体に、
サラリとした銀髪。
狐のように光る金色の瞳。
弧を描く薄い唇。
(明智光秀…現代においても謎だと
言われてるけど、
実際に見ても、頭の切れそうな、
内側を見せない感じ)
金色の瞳で観察され、見透かされ、
その薄い唇で笑われているような気がした。
ゾクリと内側から寒気が這い上がってきた。
「時に瑠璃.、酒の肴はないのか?」
「そちらにお持ちした物はお気に召されませんでしたか?」
「愛でる花もあれば、酒も美味い」
「…余興ですか……」
客である光秀の言わんとした事を察して、
そっと立ち上がると、部屋から琴を引いて
来た瑠璃。
「ほお、弾けるのか」
「明智様のお耳に対して恥ずかしい程度ですが」
「謙遜か、本当か確かめてやろう」
瑠璃の細く白い指が弦の上を
流れるように動き、
美しい音を響かせ始める。
春、桜が散るのを思わせるような曲。
(これはこれは……)
光秀は一心不乱に琴に向かう瑠璃を感心した風に見て、
音色になのか瑠璃自身の雰囲気に
なのか
(俺には不釣り合いだか……心が休まる気がするな)
光秀はそっと目を閉じる。